「フードジャーニー」、いよいよ刊行! 〜これが僕にとっての「日本史」かな?

あちこちですでにお知らせしていますが、5年がかりで取材してまとめた『フードジャーニー〜食べて生きて、旅をして、私たちは「日本人」になった』が、12月10日に刊行されます。

で、今日、ようやく本が届いたわけですよ。刊行されるのは1週間ほど先ですが、著者の特権というか、版元の特権というか。。。それはもう、読者よりも先に成果物を手にして、一瞬テンション下がって、そのあとじわじわ上がっていって。。。笑

テンション下がるのは、作り手であればしかたないです。天上にあるものを地上に持ってくるのがクリエイティブなので、それをまがうことなく一致させるのが確かに理想ですが、それはもう生きるテーマそのもの、永遠につきまとう厄介な問題で。。。

物づくりの成果、質というのは、経験、環境、タイミング、いろいろなものの相互作用の結果なので、どれほど真剣に、集中して、ベストな状態で臨もうが、欠落や不足は必ず出てくるわけで、ほぼほぼなんらかの「弾み」がなければ天地のギャップを埋め、地上天国を生み出すのは至難の技でしょうね。

でも、だから落胆しているわけでも、絶望しているわけでもなく、本当に生きることは素晴らしいな、もっと言えば、素晴らしい世界にいるんだな、と思うわけです。

さて、そんなこんなで世に送り出すことのできた「フードジャーニー」ですが、お読みになればわかりますが、こういう本はあまり類書がないというか。。。なぜそういうかというと、出版社目線でまず言われるのが、

「売り場(書棚)はどこになるでしょうかね?」

ということになるからです。もちろん、本屋さんでの話です。どこに置いてもらえるか? それが明確なほうが確かに売りやすいですよね。でも、売りやすいことと本の持っているポテンシャルは別なので、ちょっと厄介。

ポテンシャルを引き出すには舞台設定が必要で、本屋さんの場合、それはまず書棚の場所。健康実用書だったら、「家庭医学」の書棚にすんなり置けますが、フードジャーニーって、たぶん、本屋さんの判断によっていろんな場所に置かれるんでしょうね。

それって書き手からすると、どこにも分類できないものを書いたのかという妙な誇らしさもあって、全然悪い気分じゃないですが、売る側からすれば少しハンディですよね。だからまあ、思うわけです。この本は自分で広めていかないと世の中には届いていかないなと。

フードジャーニー、今日、届いた本をパラパラと読み返しつつ感じるのは、これは僕の目に映った「日本人の歴史」なんですね。歴史の本というと時系列に古い時代から新しい時代へ。。。主に政治の流れを追いかけるのが多いですが、で、僕もそういう本は結構好きなのですが。。。

フードジャーニーは全然そうじゃない。読んでいただければわかりますが、かといって、食文化の歴史をたどっているわけでもない。ここを誤解する人、結構いるわけですが。

でも、人の営みって、そんなステレオタイプなものではなく、身体の内側と外側、自己と他者、自己と自己を取り巻く環境。。。様々な要素が複合し、渾然一体となっていると思うんですね。それをそのまま立体的に描こうとすると、文系・理系を横断して、様々な学問を統合するような視点ってどうしても必要になるわけで、歴史という枠からも離れてしまう。

まあ、それがフードジャーニー。ではなぜフードなのかというと、フード(FOOD)は確かに風土でもあるわけですが、それだけではなく、生きることは何かと言ったら、食べることだからです。

誰にとっても共通することの究極が食べること。その大前提があって、進化の過程で生き物が動物と植物に枝分かれし、動物は「移動してエサを探す」という生き方を新たに始めた。。。だから移動する、動く、歩く。。。もっと言えば旅をする、それもコアなエッセンスとしてつながってくる。

そう、食べて生きて、旅をして、私たちは「日本人」になった。。。まさにこの本のサブタイトルそのものなわけですね。

僕の見えている世界は、当たり前と言えば当たり前、全然気をてらっていない「普通の世界」なのですが、それを描くために様々な切り口、様々な分野の先人たちの歩みを(僕が知っている限りで)総動員しなければならなかったという。。。

ともあれ本は出会いです。出会ってほしいな。少しずつたくさんの人のこころに届いて刺さるよう、これからこの本を愛して、会話しながら、一歩一歩広めていきます。読者としてのパイオニアになっていただける方、刊行したらぜひすぐにお読みください。パイオニアの特権は必ず得られます。それが何かは読めばきっとわかると思います。

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