埴谷雄高「死霊」の世界から受けとった精神のリレー〜「認識世界の外に出る」ことが本当のクリエイティブ

「マインドセットを変える」

ということがよく語られていますが、これが意外と難しいというか、本質がなかなか理解されていない気がしています。

マインドセットを「認識」という言葉に置き換えてみましょう。

認識には2種類あって、体で感じるもの。

もう一つが心で感じるもの。

体で感じるものというのは、とりあえず五感の及ぶ範囲が思い浮かびますが、

途中から心で感じることとつながっていって、その境界はあるようでありません。

で、心で感じる世界というのは、想像力という言葉に置き換えると、かな〜り果てしないことがわかりますよね?

瞑想をしている自分をイメージしてみると。。。

宇宙物理学で認識されている範囲。。。地球はもちろん、太陽系とか、銀河系とか、それをさらに包含したような宇宙全体。

究極的には、想像力はこの宇宙の広さとコインの裏表と言えます。

この物理的宇宙と心理的宇宙の総和が「この世界の全体」というふうに、ここではとりあえず想定しましょう。

で、よく問われているのが、「自分で限界(枠)を決めている」ということですよね。

想像力は宇宙全体に広がるくらい、どこまでも果てしないもののはずなのに、自分で枠を決めていて、世界を小さくしていると。

それはそうかもしれません。そういうこともあるでしょう。

で、「マインドセットを変える」というと、自分が勝手に作っている意識の枠を外しましょう、そのためには。。。という話になってくるわけです。

もちろん、こうした意識の面に加え、旅をするなどして物理的な認識の枠を広げていくことも大切ですよね。

目に見えない心の枠、目に見える物理的な枠。。。

この二つもともに絡み合いながら、自分自身の枠、つまり、わたしという存在のアイデンティティをつくりあげていたりするわけです。

だから、人生に息苦しさを感じることがあったら、このどちらのアプローチでも構わないので「枠を外す」ことをやっていく。

よく言われているのは、常識や価値観を見直すこと。

僕もその繰り返しのなかで自分の世界を広げてきたので、そういう意味でのマインドセット・チェンジの効用みたいなものも感じてきました。

でも、そこだけにとらわれていると肝心なことも見えなくなります。

どういうことかというと。。。本当の意味でのマインドセット、つまり認識と呼ばれるものはこの世界全体を指しているわけです。

繰り返すと、物理的宇宙と心理的宇宙の総和が「この世界の全体」。

そこはすべてつくられた世界、出来上がっている世界、既知の世界。。。

既知の枠を広げていっても、じつはそこも既知であるわけで。。。既知の海に飛び込んでいくこと、これって本当の意味での変化と言えるのか?

もっと言えば、マインドセットをどう変えようとすべて既知の領域での話、クリエイティブなこととは言えないのではないか?

こういう話をなぜ持ち出したかというと。。。

いろいろ理由はありますが、20代の頃に埴谷雄高という作家の「死霊」という作品に触れる機会があって。。。

かなり難解な作品なのでほぼ読んでないですが、NHKの教育テレビで埴谷さんが作品解説するという、かなり貴重な番組があったんですね。

当時、テレビ雑誌で仕事をしていた僕は、その情報をオンエア前に聞きつけ、記事にするため放送前のテープをお借りし、みっちり試聴した経験があるんです(いろいろあって、最終的に記事にはできなかったんですが。。)。

で、僕がこの時、埴谷さんの言葉から感じとったのは、

「この人は文学を通じて、認識の外に出ようとしているんだな」

ということ。

「いや、そもそもそれが文学なのだと、創造(Creation)なのだということか」

心が震えるような、いまも時々思い出されるときめきというか、衝撃というか。。。

認識の外に出ることが、本当の意味でマインドセットを変えること。

ここに創作活動のすべてを収斂させているという埴谷さんの気迫、センス。。。でも、これって個人の問いかけにもリンクはできますよね。

少なくとも20代の若き頃の僕は、そう思った。。

いまもそう思っている。笑

どういうことかというと、「この世界を生み出したものがあるとしたら、この世界の外にないとおかしい」ということ。

で、繰り返しになりますが、物理的宇宙と心理的宇宙の総和が「この世界の全体」。

それが心と体で描かれる世界の総和としたら、それらはすべて生み出されたものであり、もしかしたら自分そのものではないのかもしれない。

自分そのもの、当時の僕はそれを「たましい 」と呼んでいました。

「たましいって、要は認識世界の外にあるものなんだよな〜」

埴谷さんとは違う経緯で「たましい」の存在を感じていた僕は、彼の言葉に妙な勇気というか希望を感じ。。。

「会うことはできなそうだけど(結局、できなかった)、でも、すごい精神のリレーをいただけてるなあ」

と思ったのを覚えています。

認識世界の外に自分という存在を成り立たせている核がある。

いわば、この世界はその核(たましい)から映し出されたホログラムのようなもの。

https://data.nttdocomo.co.jp/tabmo/entertainment/467/

本当の意味でたましいとつながるには?

既知の枠から抜け出すには?

それが、僕がたくさんの人たちと共有していきたいことだったりするわけです。

↑僕が持っているのはこちらの本。番組の内容も書籍化されてますが、高額でびっくり。笑

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