『フードジャーニー』ペルー編④〜クスコ、ウルバンバを経ていよいよマチュピチュ村へ到着!

daily

「フードジャーニー」ペルー編、4日目にクスコに入って以降、電波が届きにくくなって更新が滞っていましたが、今夜ようやく復活。。

日本ではいつの間にか(?)「令和」の時代に入ったようですが、ここペルーでは1日遅れのためまだ「平成」です。笑
だからというわけではないですが、4日目以降を振り返りつつ、平成の30年間をざっくり振り返ってみようかな。。

とりあえずこれまでの日程をたどっていくと、27日はリマから空路、標高3300メートルのクスコに入り、そこから「聖なる谷」にあるモライ、マラスを経て保養地であるウルバンバへ。

モライ遺跡は、冒頭に掲載したように内側に向かって円形に階段状の石垣が続いていて、車を泊めた高台から一望できるわけですが。。目の当たりにした瞬間、クラクラっとして。

段々畑だったとか言われていますが、円形にしている理由がよくわからないし。。。高地なので段差によって気温が変わり、育つ作物が変わってくるといった話もあって、なるほどと思えますが、まあ、それですべてが説明できるわけでもないなと。

とにかくふしぎなところ。笑。ペルーには解釈すら難しいところがあちこちにある印象です。

次に訪れた、こちらのマラス塩田もすごかった。
なにしろ標高3000メートルもの高地に棚田状の塩田! プレインカの時代から湧き続けている天然塩水を使って、いまもなお手作りの塩がつくられているのだそう。

写真では伝わりづらいですが、こちらもなかなか圧巻の光景。。貴重な塩ももちろんゲット!

で、この日から3日間はウルバンバで宿泊。
ここを拠点にして、28日は「聖なる谷」にあるピサック遺跡へ。標高は2800メートル台と少し下がりますが、こちらの景色も写真のフレームに収まりきらなくらい広く、果てしなく。。。

しかも高地なので、日本とは空気感がまったく違います。

この日はサンペドロも経験できたし、翌29日は体調管理も兼ねてマーケットなどをめぐってゆっくり。

そして、今日(30日)は宿を離れ、同じ「聖なる谷」にあるオリャンタイタンボ遺跡へ。ここはレイアさんおすすめのパワースポットなのですが、山に向かって精緻な石の階段のつづく構造物は、いったい何のためにつくられたのか。。。

ここも太陽信仰の遺構とかいろいろ言われていますが、正確なところはよくわからず。思考回路から自分を解き放ち、まず肌で感じてみることが大事なのだと、あらためて実感します。

そして今日は、そのまま電車に乗ってマチュピチュ村へ。
ペルーで電車に乗るのは初めてでしたが、ゆったりした車中、なかなかリッチな時間が過ごせました。

ちなみに、リマ、ナスカ、クスコ、マチュピチュの位置関係はこんな感じ。今日紹介したクスコ周辺の土地も、(僕自身が)忘れないように貼り付けておきます。

で、「冒頭で平成の30年間を振り返る」みたいなことを書いてしまいましたが。。。旅の過程でその過去から未来へのストーリーラインが一つにつながり、いま・ここにいる自分に至る。。。そんなインスピレーションに何度も襲われました。

僕はなぜここ(ペルー)にいるのか? もっと言えば、なぜ恭子さんと出会い、同じ道を歩んでここに来たのか?

いま、パズルのピースが一つ一つ埋まっていくような不思議な感覚を体験している感じがしています。

そう、すべては必然のなかにあり、それは僕自身が決めてきた揺るぎのない道だったのだと。

誰にとっても人生は必然であり、そこにはつねに道しるべも、謎解きのヒントも用意されていますが、それを解いて理解につなげていくのは自分自身。

その謎解きこそ、おそらく唯一のしごとなのです。

旅の途中でたくさんの人たちと出会えたこと、最初はとても細くさみしい道だったのに、この30年かけて揺るぎのない、「ここにしか進んでいけないだろう」という大きな道へ変わっていったこと。。。

自分を信じて、時に踏みとどまり、時に勇気を出し。

でも、まだ終わっていない、それどころかこれからいよいよ本番、まったなしの人生が待っている。。

本当にやれるだろうか? やりきれるだろうか? この僕に。。。何度も思ってきた過去をふっと振り返りつつ、その過去すらも書き換え、明日からまたあたらしい自分になって、あたらしい仲間とあたらしい時代を進んでいこうと思っています。

きょんきょん、ちょっと大変だろうけどもうひとふんばり、次の景色が見えるところまで進んでいこう。

ペルーの旅はまだまだ続きます。

Follow me!