自我を棄脱し、自由に生きる〜ハンカチーフ・ブックス『TISSUE Vol.4』栗原康さんをインタビュー!

daily

こんばんは。今日はハンカチーフ・ブックス「TISSUE(ティシュー)Vol.4」の取材で、アナキズム&大杉栄の研究者である栗原康さんにインタビューしました。

アナキズムと言えば大杉栄。。。

と言っても、ピンと来ない人が多いのかもしれません。

アナキズムは「無政府主義」と訳され、政治思想として扱われることが多いですが、栗原さんいわく、「アン(not)+アルケ(支配)が語源なので、“支配がない状態”と言ったほうがニュアンスが近い」。

支配がない。。。つまり、自由に生きるとはどういうことか? それを観念ではなく、人生の中で体感し、自らの生を拡充していくこと。

そうした《生の拡充》を実践したアナキズムの第一人者が、大正時代に活躍した大杉栄。
僕自身、10代の終わりから大杉栄がずっと好きで、大杉の語録を出したいと画策した時期もあり。。。栗原さんへインタビューしながら、「ようやくここまでたどり着いたな〜」という不思議な感覚が湧いてきました。

「百合の皮をむく。むいてもむいても皮がある。ついに最後の皮をむくと百合そのものはなんにもなくなる。

われわれもまた、われわれの自我の皮を、棄脱してゆかなくてはならぬ。

ついにわれわれの自我そのもののなんにもなくなるまで、その皮を一枚一枚棄脱してゆかなくてはならぬ。

このゼロに達した時に、そしてそこからさらに新しく出発した時に、初めてわれわれの自我は、皮でない実ばかりの本当の生長を遂げてゆく」

(大杉栄「自我の棄脱」より)

栗原さん自身、高校時代にこのくだりに接して衝撃を受け、《自由》に目覚めたそう。

その自由とは、権利として勝ち取る自由(リバティ Leberty)ではなく、ヒトという存在に生来備わっている自由(フリーダム Freedom)。。。

どこか遠い場所にある観念ではなく、いま「ここ」に実際にあるもの。

他人と比較して、優劣を誇るたぐいのものでなく、仲間と分かち合い、体感し、共有するもの。

型破りな著書のイメージと裏腹に、思いのほか腰が低く、人を否定するような言葉を一切口にしない栗原さん。その《優しさ》は、一見こわもての大杉が持っていた《優しさ》とどこか重なりあうのかも。

ちなみに葉山でインタビューしたのは、知る人ぞ知る日影茶屋事件の舞台でもあるから。
一連のお話を詳しく知らない人へのガイドも含め、TISSUEでじっくり紹介していきたいと思います。刊行はもうちょっと先ですが、楽しみにお待ちください!

(プロフィール)
栗原 康(くりはら やすし)
1979年生まれ。専門はアナキズム研究。埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、同大学院の政治学研究科の博士後期課程を満期退学。東北芸術工科大学非常勤講師。

著書:
『大杉栄伝―永遠のアナキズム』(夜行社)
『はたらかないで、たらふく食べたい―「生の負債」からの解放宣言』(タバブックス)
『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)
『村に火をつけ、白痴になれ-伊藤野枝伝』(岩波書店)
『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出書房新社)
『アナキズム 一丸となってバラバラに生きろ』(岩波新書)

Follow me!