《世界観》と《生き方》をひとつにつなげ、生を燃焼させる〜冬至と満月の2日間に問いかけたこと。

conditioning

おはようございます。
関西出張から帰ってきて、冬至、満月、そしてクリスマスイブ。。

この間にもいろいろな人に出会い、やりとりし、あれよあれよという間に年明け以降のビジョンが整っていきました。

具体的なところは詰めていかないとなりませんが、ことし仕上げた「フードジャーニー」と「頑張らないコンディショニング」、この2つが《世界観》と《生き方》をつなぐバイパスになってくる気がしています。

世界観は、自分のあり方のベースになるもので、そこには歴史と風土がいやおうなく関わってきます。「わたし」という存在がいまなぜ「ここ」にいるか。。。まずそれを知ることが、人生を展開させる軸になります。

世界観を支えるものが、それまでの人類が培ってきた知の体系で、一般的にはそれを学問と言います。そして、学問によって身についたものが教養です。

本当は10代の頃に学んでおきたいことを、多くの人が30代、40代で学び直している。。。

「だから100年近い人生が必要になるんですよね。昔の人は50年でもヒトとして十分に燃焼できた気がする」

昨日、うちで一緒に満月のごはん会(?)をした白井さんとそんな話をしました。

現代人の長寿を健康の結果だととらえていると、何か大事なものがこぼれ落ちてしまう。。。先日の高木先生へのインタビューでも感じたように、「生命の世界に、本来、時間というものは存在しなかった」からです。

時間の長さという幻想に惑わされて、この世に生まれてなすべきことを忘れたまま、このすばらしい生命の星で、僕たちはいったい何をしているのでしょう?

自己に目覚め、生きていくためのベースになる世界観を描いたのが「フードジャーニー」であるならば、「頑張らないコンディショニング」はそうした生き方の土台づくり、養生についてまとめた一冊です。

世界観はその人にとっての表現系、つまり何らかの仕事を生み出しますが、生み出した当人が元気でなかったら、どんなにすばらしい世界観も形になりません。世界観は観念と化し、やがて価値を失うでしょう。

どうしたら生物として、ヒトの生き方をまっとうできるか?

いまある現実の中で、生活の中で、かつての時代に共有されていた生き方の知恵をわかりやすく浮かび上がらせ、自分なりのサンクチュアリをつくる。。。

大阪・京都への旅はもちろん、この数日の冬至と満月のつながりのなかで、心ある人たちといろいろなことを問いかけ、具体的に前に踏み出すためのやりとりができた気がしています。

2冊分のコンテンツが出来上がっているのに、出版もせず、何をやっているのかという話ですが(笑)、たぶん、来年はもう少し大きな枠のなかで仕事することになりそうです。

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