この世界をどう見つめるか?〜「フードジャーニー」と「生体コミュニケーション論」でつながるもの。

foodjourney

おはようございます。
僕がずっと夢見てきたこと。。。それを言葉にするならば、「この世界にあるものをつなげて、統合する」ということなのかなと感じています。

20代の頃からずっと地道に続けてきたのは、これに尽きるのかなと。。。

現実世界の統合というと、まるで世界征服みたいな話になりますが(笑)、現実は「目に見えるもの」と「目に見えないもの」で成り立っています。
その《顕》と《幽》を結びつけるものは何かと言ったら、それが《身体》なんですね。

身体をよりどころにするということは、自分自身の土台をつくるということ。

その自己がとらえる世界は、まるで映写機のように自分が感じる世界を投影してくれます。おそらく、それが現実なのかなと思うのです。

こうした感覚が湧き上がり、身体に意識を向けるようになっていく中で浮かび上がってきたのが、次の3つのベクトルです。

・「科学的に正しいこと」
・「暗黙知として成り立ちうるもの」
・「身体の健康に寄与すること」

この3つのベクトルをいかに統合していくか?

世界の広さに呆然とするなか、最初に興味を持ったのが、言語化しきれない暗黙知の領域でした。
大きなきっかけを与えてくれた一人である栗本慎一郎先生は、「弁証法では本質は見つけられない」「社会そのものが生命なんだよ」と教えてくれました。

いわく、生命は認識する以前からすべてを知っている。

僕はこれを身体感覚と呼んで、文字通り、自分の感覚に落とし込んでいきました。で、その先に見えてきたのが「ハラ」という《身体の中心》でした。

こうした身体感覚としてのハラに、消化管である腸が包含されていることを知ったのは30代に入ってからです。

ここから医療や健康という分野がつながっていきました。

医療の先にあったのが基礎研究の分野で、そこで学んだのが科学のすばらしさです。
昨今、科学は批判的にとらえられがちな面もありますが、僕には人類の英知の一部に映りました。
もちろん、そのバックボーンは暗黙知とつながっているわけです。長い時間をかけ、めぐりめぐって3つのベクトルがゆっくりとつながっていった時、

「ヒトは食べるために旅をする生き物である」

という事実が、僕のなかに忽然と浮かび上がりました。人類学、民俗学、歴史学。。。それから様々な書物を読みあさり、取材していくことで、ここにもすばらしい人類遺産が眠っていることを知りました。
暗黙知の領域と結びつく神話の世界も、その先にあるスピリチュアルも、そのなかでボーダレスに統合されていきました。

。。。長くなりましたが、こんな変遷をたどりつつまとまったのが「フードジャーニー」であり、そのバックボーンにあるのが「生体コミュニケーション論」(Biological Communication Theory)です。

ようやくスタート地点に立った思いもあり、これから少しずつこの二つの世界をほどいていきたいと思っています。

★「生体コミュニケーション論」について
http://food-journey.net/co…/biological-communication-theory/

 

 

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