「目利き力」こそが未来の希望〜薬の代わりに野菜を処方するアメリカの医師の話

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おはようございます。
先日の種本先生の講座の後、参加者の皆さんとお茶をしている時、ふと思い出して、この記事の話をしました。

お医者さんが薬の代わりのオーガニックの野菜や果物を処方するという、アメリカの記事です。

 

デイヴィス医師:「私たち医師は、患者の状態を改善するために外科手術を行ったり、薬を処方しています」

「しかし健康的な食生活をするように患者を教育し、すぐに食べることができるように新鮮な果物や野菜を提供もしてもよいのではないでしょうか?」

デイヴィス医師と彼のチームは、国内最大の非営利オーガニック生協であるローフリー・オーガニック(Rawfully Organic)の創始者、共同経営者クリスティーナ・カリッロ=ブカラムとパートナーになり、このアイディアを実現しました。

*記事全文はこちら

医師が薬の代わりの果物や野菜を処方し始める

 

とても面白い取り組みですよね。ただ、オーガニックの食材に治癒効果があるというエビデンスって、どこまで用意できるんでしょう?

オーガニックは体にいい、というのもかなりざっくりした表現で、個人のライフスタイルに取り入れるのはいいことですが、「薬の代わり」に用いるにはかなり厳密な検証が必要かなと思います。
ここがどこまでしているかわかりませんが。。。

エビデンスに依存する医療に懐疑的になるのはわかります。でも、これは世界の中心にそびえるかなり巨大な城のようなものです。少々批判したところで簡単に崩れるものではないし、必要とされている面だってありますよね。

もし、これに取って代わる基準があるとしたら、芸術の世界の「目利き」でしょう。

まだ無名だったゴッホの絵を見て、「これは億単位の価値がある」と目利きできた人がいたから、数値化できないものに評価が生まれ、やがて市場も生まれました。

これは好みとか価値観でくくれるものではなく、もっとゆるぎない、研ぎ澄まされた感覚でしょう。

こうした「目利き力」が共有できれば、オーガニックの価値も大きく変わるだろうし、そう呼ばれるもののなかにも明確なランク付けが生まれるかもしれません。

ちょっと壮大な話ではありますが、エビデンスに過剰に依存する社会システムは、そういう土壌が用意されて初めて役割を終えていくように思います。

本来、作物はすべて生命であるわけですから、農薬や化学肥料を使っていないから安全とか、そういう話だけで評価はできないと思うんですね。

個々の好みや価値観に依存せず、その先にあるもっと研ぎ澄まされた感覚。。

これをいかに育て、なおかつ一定数の人と共有していけるか? 僕自身、そういう存在になれるよう自己を磨いていきたいし、そのためにこそ「衣食住」のあり方、ライフスタイルの構築があるのだと感じています。

一緒に学んでいる人たちも含め、やっていることは小さな粒のようなものですが、そこに未来を変える大きな力があると信じています。

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