この世界は素晴らしいコミュニケーション空間。

おはようございます。
この10年ほど、健康や医療、食の分野の本をつくってきました。
途中から生命科学も扱うようになり、
とくに免疫系の分野を取材するなかで炎症という概念が出てきました。
 
免疫の分野では、20年くらい前、
「すべての細胞に異物とのコミュニケーション能力が備わっている」
ことが明らかになりました。
 
それは「自然免疫」と呼ばれ、かなり大きな発見でしたが、
最近ではさらに進展して「自然炎症」という言葉が出てきているようです。
 
免疫が行っているコミュニケーション機能は、
異物に対する攻撃として現れると言われています。
その働きを炎症というわけですが、
実際は異物かどうか、つまり敵味方の判断はきわめて曖昧です。
 
体のなかでは最初から敵味方の二元論などはなく、
もっと言えば自己と他者の区別もあるようでありません。
なにしろ、自らの細胞に対しても攻撃=炎症反応は当たり前のように起こっているわけですから。
 
こうした話をすると、アレルギーや自己免疫疾患のことを
言っているのかと思うかもしれませんが、
極端に言えば、ストレスを感じた段階で炎症は起きています。
 
免疫細胞(白血球)は心理的ストレスに対しても反応します。
菌やウイルスにも反応し抗体をつくりますが、
それは免疫反応のすべてではありません。
いや、菌やウイルスに対する反応も、
心理的なものも身体にとってはすべてストレスでしょう。
 
ストレスと呼ばれる外部刺激に対して、
身体は時に自分自身をも攻撃し、またそれを癒す働きもあり、
すべての存在がその繰り返し、関係性のなかで生き続けています。
 
こうした身体の仕組みがおぼろげながら見えてきた時、
もちろんまだまだわからないことはあるものの、
「もう十分だろう」という思いが湧きました。
いまにして、パラダイムを超える瞬間、だったと思います。
 
関係性はコミュニケーションによって成立っていますが、
そこで重要になるのは、雰囲気、様子、違和感といった目に見えないものです。
 
物質も介在しますが、物質から受け取る雰囲気によって、
人は不快さや心地よさを感じます。
目の前にあるグラス一つに対しても何かを感じ、
厳密にはそれに対しても身体は反応します。
違和感があれば身体は炎症を起こし、
その人の課題になっている身体の部位にサインを送ります。
放置すればサインは次第に強く現れます。
炎症レベルは上がり、やがて病気になります。
 
まさに「病は気から」なのです。
 
つまり、誰(何)とどうコミュニケーションをとるか? 
それはどんな質のものを選ぶか、
どこへ行くか、何を食べるか、さらにはどう呼吸するか。。。
 
生きることは炎症反応そのものです。
 
それを完全に無くそうと思ったら、この世界から消えるしかありません。
不快と思える現象は、ストレスを生むだけでなく、
その人次第で美しいものに触れ、優しい気持になるためのきっかけにもなります。
 
その時、炎症は癒され、心身の機能性は高まり、
ストレスへの耐性が生まれます。
そればかりか生きることの味わいは増し、
複雑怪奇なこの世界と関わっていく自信も身についていくでしょう。
 
入口が炎症であったとしても、
それをサインとして受け止め、身体の声を聞けば、
身体に備わった様々な働きは自己を助け、
成長させる方向に全面協力してくれます。その働きはとても素晴らしいものです。
生きることがきわめて創造的なことであり、
そこに果てがないことも少しずつ見えてきます。
 
病気、痛み、つらさ、不快さをただ排除するだけでは、
素晴らしさになかなかたどり着けません。
排除を前提にした発想は、
身体に備わった働きを正しく読み取っているとは言えないからです。
 
排除も受容も含め、
もっと大きなこの世界の営みのなかで僕たちは生き続けています。
つらさのあとに発見はあり、
身体を信じることは予期せぬカタルシスをもたらします。
 
僕たちはとても素晴らしい世界に生きています。
人生は創造的なもので、
身体を介してまさに無限の可能性が広がっていることが実感できます。
 
このあたりのとらえ方が、
ようやく構築されつつある「生体コミュニケーション論」のフレームになります。
種本先生をはじめ、いまいろいろな方から学んでいるスピリチュアルな領域は、
さらにその先です。
 
長々と失礼しました。笑。
午後からの「言霊」講座に備えたいと思います。

 

★第12回食と意識エネルギー講座
https://little-sanctuary.net/2018/08/02/tanemaki-shoku180819/

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