心と体は「自己を知るための装置」

daily

こんにちは。
僕たちは「心」と「体」を自分のように思い込んでいますが、本当かどうかわかりません。
ただ言えるのは、「心と体を通して世界を見ている」ということです。

実際、心も体も「自分のもの」ですが、満足にコントロールすらできません。扱い方を間違うとレンズが曇り、思うように世界が見られなくなります。

世界そのものは信ずるに値するものだと、僕は思っています。
なぜなら、あくまで「自分を通して見る」ものだから。

自分以外のものを基準にしていたら、「信じられない」という感情も湧いてくるかもしれませんが、自分自身に中心がある以上、基準にできなかったら自分自身が消えてしまいます。

世界は外側にあるようで、じつは内側にある。つまり「内なる宇宙」なんでしょうね。

そう言えば大昔、友人とこんな話をした時、「だから初めから存在しなければよかったんだ」という最高にネガティブな言葉が返ってきました。笑

自己が存在しなければ世界も存在しないので、そういう問いかけもありかもしれません。でも、少なくとも生きている限り、その思いは実現できません。。

生きている限り、自己はついてまわりますから、嫌だと言っても逃げられない。というより、なぜ逃げるの? 原理的に無理なんだから諦めたほうが。。。

というわけで、僕は「心と体を通じて自己が世界を見ている」という感覚が一番しっくりきます。
いろいろなとらえ方がありますが、それが「いちばん確実な生き方」かも。

いずれにせよ、心と体はとても大事です。

心と体の総和が身体だとしたら、身体は「自己を知り、世界と出会う」ための映写機のようなものなので、しっかりメンテナンスしたほうがいいですよね?
このメンテナンスを養生と呼んでいるんでしょう。

身体が「自分のもの」だからではなく、「自己を知るための装置」だから大事にする。。

長生きするかどうか、ガンにならないかどうかより、もっとずっと大事なことがある。それがわかってきたとき、人生を哲学できるようになるんだと思います。

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