おはようございます。昨日の八重洲ブックセンターでの、龍村修先生との出版記念講演、おかげさまで盛況のうちに終えることができました。
満員御礼、とてもうれしかったです。

龍村先生とのコラボということで、ミトコンドリアー呼吸が話の中心になりましたが、その根底にあったのは、いのちのあり方。
講演の冒頭で紹介したフランシスコ・ザビエルの書簡の一節、下記に再掲しますが、皆さんどう感じられるでしょうか?

「日本人は自分等が飼う家畜を屠殺することもせず、また食べもしない。
彼らは時々、魚を食膳に供し、米や麦を食べるがそれも少量である。
但し、彼らが食べる野菜は豊富にあり、またわずかではあるが、いろいろな果物もある。

それでいて、この土地の人々は不思議なほどの達者な身体をもっており、稀な高齢に達する者も多数いる。

従って、たとい口腹が満足しなくとも、私達の体質は僅少な食物によって、いかに健康に保つことのできるものであるかは、日本人に明らかに顕れている。」
(『聖フランシスコ・ザビエル書簡抄(上・下)』岩波文庫)

現代人は総じて「食べすぎ」なので、ファスティング(断食)をして食べる量を減らすことは、細胞のゴミをリサイクルさせ、ミトコンドリアの活性にもつながると思います。

ただ、「不思議なほど達者な身体」になるには、きっとそれだけでは足りないでしょう。
その足りないXを、ヨガではプラーナ(氣)と呼びました。

細胞内でエネルギーを作り出すミトコンドリアの働きを知ることは、確かに大事です。
でも、呼吸(酸素)と食べ物(水素)が結合し、ATPが生み出されるプロセスだけがフォーカスされると、いのちを成り立たせている大事なものが抜け落ちてしまう気がします。

たとえば、いまのスーパーに売っている食材で、大海原を乗り越えて日本にやってきた冒険家でもあるザビエルが驚嘆したような、「達者な身体」をどこまで養えるでしょうか?

龍村先生も、プラーナは大気中だけでなく、食べ物のなかにも偏在しているとおっしゃっていました。
食べるということは、まさに「氣を食む」こと。
食べ物にそのプラーナが足りなければ、いくら栄養バランスを整えても、わたしといういのちのプラーナ(細胞レベルの生命力)を高めることなど難しいでしょう。

今回、ヨガの大家である龍村先生とプラーナをめぐるやりとりをさせていただくことで、サイエンスの視点と、そこからこぼれ落ちる視点、その統合こそが大事であると改めて実感できました。

食べること、息すること。。。それは「いのち」のやりとり、コミュニケーションですよね。

お気づきの人もいるかもしれませんが、今日の午後から開催する種本先生の講座(http://little-sanctuary.net/archives/3626)は、まさにその続きです。
不思議なことを不思議なままにせず、身体を通して、自分自身の「生きる力」と「理解」に変えていく。。。そんな《学びの場》づくりをこれからも続けていけたら〜と思っています。

このあたりのエッセンスにピーンと来た皆さん、まずは本をご覧になってください。笑。

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