おはようございます。
昨日は葉山の茅山荘で、藤田一照さんと松山大耕さんの初トークイベント。会場になった観音堂はぎっしり埋まり、おかげさまで盛況のうちに終えることができました。

今回、「日本的霊性」をテーマにしたいと思ったのは、心(感情)へのアプローチだけでは解けないコトを、「霊性」という言葉でうまくすくい上げていきたかったから。

一般的には、肉体があって、心があって、漠然とその総和が自己のようにとらえられていますが、鈴木大拙さんは心を超えたところに、

自己を成り立たせているもの

があるととらえ、「霊性」と呼びました。その霊性を成り立たせているエッセンスが「無分別智」であると。

さらに言うならば、ここに「日本的」という言葉も修飾されます。日本の風土の中でつちかわれてきた霊性、それはどんなものなのか? 一照さんと大耕さん、お二人ならばうまく解きほぐしていただけるのではないかと。。

振り返ってみると、最初に大耕さんがプロデュースした「SAKURADA Zen Chef」を鑑賞し、日本料理の職人道、あり方のようなものがシェアできたことで、「日本的霊性」のキーワードの一つである「大地性」が実感しやすくなった気がします。

大地性は、文字通り、大地(現実)に根をおろすこと。霊性は日常の中で磨かれる無形のもの。雰囲気、たたずまいとしてつたわるもので、大耕さんは「美しさ」がキーワードになると話されました。

これに対して一照さんは、「霊性と言った場合、キリスト教では霊・肉のうちの霊にあたる」と。
だから、欧米人にとっての霊性は大地性ではなく「天上性」。上に向かって志向されていくもの。それが日本では、霊肉がもっと深くつながっていて、あくまで大地性のなかで発揮されます。

日常の中でのリアリズム、美しさ。。。それが「道」とつながっている。。。大拙さんが言いたかった「日本的霊性」を翻訳(意訳?)するなら、そんなイメージでしょうか?

大拙さんは、その日本的霊性が失われていくことを予言し、実際にその通りになり。。。では、どうするか?

大耕さんはEnjoy(エンジョイ)、一照さんはResouce(リソース)をキーワードに挙げました。
そのココロは。。。「おもろい」。笑。長くなりそうなので、このあたりの解説は、また機会を改めまとめてみます。

僕のなかでは、自分のなかで大事にしてきたものがかなり言葉化された気がしています。まあ、この世界で生きるという点では、大事なのはここからですね。笑。

一照さん、大耕さん、参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
7月20日、佐山展生さん(スカイマーク会長)が加わるニューヨーク大同窓会の鼎談で、日常のリアリズムとしての「日本的霊性」がさらに深められること期待します。

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